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9月10日、アルゼンチンからの帰国途中に、ドミニカ共和国を訪問しました。 これまでも日本とドミニカ共和国の大学間の技術交流促進への支援をして来ましたが、更に昨年暮れから、日本・ドミニカ友好議員連盟の会長に就任し、是非来て欲しいと招待を受けていたためです。 ドミニカ共和国は、1492年、あのコロンブスが「黄金の国ジパング」を目指してスペインを出航、最初に到着した国です。そのために、世界最初の植民地であり、首都サント・ドミンゴには500年前の街並みや教会、裁判所などが残っており、全体が世界遺産の街です。 早速、メディーナ大統領や最高実力者である与党PLD代表のフェルナンデス前大統領、パラ上院議長やモラレル外務大臣など、ドミニカ共和国の大半の主要な政治家と懇談をして来ました。 日本との関係はまだまだ薄いのですが、地政学上大変重要な位置にあり、何よりも大変親日的です。 日本ではドミニカ出身のプロ野球選手が活動しており、ドミニカには広島カープの選手育成組織があります。 在留日系人会の嶽釜会長にもお会いをして来ました。昭和31年、249世帯1319人の日本人が横浜から1ヶ月をかけて移住して来ましたが、移住先の土地が石ころだらけの余りにも条件が悪く、昭和36年には大半の家族がブラジルなどに転移住するか日本に帰ってしまい、248名しか残りませんでした。話をうかがい、当時の写真を見せていただきましたが本当に大変だったと思います。その後、日本政府を相手に裁判もしましたが時効のため敗訴。当時の小泉総理大臣からの陳謝の言葉と、僅かながらの見舞金しか得ることが出来ませんでした。 亡くなられた皆さんのお墓に一緒に御参りをし、今年8月に完成した農業移住者記念碑に頭を垂れ、夕食を一緒にしながら話を伺いましたが、坦々と話をされる嶽釜会長に、頭の下がる思いを致しました。異国に在って、当時の日本政府に半ば騙されたような状態での移住だったのだと思いますが、恨みを言う訳でもなく、今でも祖国日本に対して熱い想いでおられる会長に、政治家として尚更、国のために頑張らなければと決意を致しました。 そして同時に、こうして頑張って来られた移住者の皆さんに報いる為にも、日本と移住者の皆さんが居る中南米の国々との友好関係を益々強くしなければと考えてきました。 山形市内表出身の小角尚子さんという女性にもお会いしました。JICAのボランティアとして昨年から介護などの福祉活動に頑張っています。大変頼もしく思い、激励をして来ました。
平成25年9月14日
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